猫ちゃんを屋外に出すことがある飼い主さんは、捕ってきた鼠を得意げに披露されて仰天・・・なんていうご経験があるかもしれません。猫にとっては「獲物」、鼠にとっては「天敵」という、猫と鼠の関係。今回は、室町時代に作られた「鼠草子(ねずみのそうし)絵巻」から、猫と鼠の物語を紐といていきます。

 

「鼠草子絵巻」は何例かの作品が知られていますが、今回は、サントリー美術館所蔵の作品をご紹介します。

この絵巻は、その名の通り、鼠が主人公です。この絵巻の中では、鼠は人間と同じように着物を着て、二本足で歩き、話をします。こうした「擬人化」された動物たちが活躍する物語は、日本の室町時代から江戸時代初期にかけて作られた「御伽草子(おとぎぞうし)」と呼ばれる物語には沢山見られますが、「鼠草子」はその代表的な作例の一つです。
あらすじは次の通りです。この物語の主人公、鼠の権頭(ごんのかみ)は、自分が鼠のような畜生に生まれたことを嘆きます(畜生とは、けだもの・鳥虫魚類のこと。仏教の考え方で、「畜生道」は生前の行いによって堕ちる悪道の一つとされた)。

 

そして、自分の子孫は畜生の世界から逃れられるよう、人間の女性と結婚することを望み、清水寺に祈願します。ちょうどその時、柳屋という家の娘(姫君)も、結婚を望んで清水寺に参詣します。清水寺の観音の導きで、権頭と姫君は結婚することになり、盛大な結婚式が行われます。絵巻では、婚礼の場面でも権頭は鼠の顔をしているのですが、ストーリー上、この段階では、姫君はまだ権頭が鼠だということを知りません。権頭は姫君をたいそう大切にします。

ある日、清水寺に御礼参りに行くことにした権頭は、姫君に「絶対にこの座敷から出てはいけない」と言って出かけていきます。「見るな」と言われて見てしまうのは昔話によくある展開ですが、障子の隙間から座敷の奥を覗いた姫君は、物の隙間を行き来する家の者(鼠)を見て、はじめてその正体に気がつきます(絵巻では、四つ足で走り回る鼠が描かれています)。

障子

まさか自分が嫁いだのは鼠だったのか、と、姫君が罠をしかけておくと、帰ってきた権頭がその罠にかかってしまいます。なんと可哀想な権頭。しかし姫君は、自分も畜生の世界に堕ちてしまったと嘆き、家を出ます。取り残された権頭は姫君への未練を断ち切れず、姫君の行方を探し、陰陽師を呼んで姫君の居所を尋ねますが、告げられたのは、姫君は今は都の人と結ばれ、鼠捕りの名人で知られた「猫の坊」を飼っているという、あまりにも辛すぎる現実でした。

 

さて、この物語は、意外な結末を迎えます。希望を絶たれた権頭は、出家して「ねん阿弥」と名前を変え、高野山で修行することになります。その道すがら出会ったのは、なんと、姫君に飼われていたはずの猫の坊でした。脅える権頭に対し、猫の坊は「私も仏道に入ったのです、剃髪と同時に爪も切ってしまったから、安心して一緒に仏の道に精進しましょう」と言います。猫の剃髪・・・いったいどの程度毛を剃るのか、ということはさておき、二人(?)は高野山の奥の院を目指します。

鼠の権頭と猫の坊

仏教思想を背景としているため、現代の感覚では理解しづらい点もあるかもしれませんが、鼠を見ると狙ってしまう猫の習性、猫に脅える鼠、といった、人々の生活の中で見られる光景が、物語の要素として取り上げられている点に親しみを感じます。
最後に、絵巻のラストシーンで、猫と鼠が月を見ながら詠んだ和歌を紹介しましょう。

猫:ねう阿弥(ねん阿弥)よ かかる高野の月を見よ 悪念はなし我な恐れそ
(ねん阿弥、あの高野山の月をご覧。澄んだ月のように、私にはもう、鼠を取って食おうなどという悪念はないのだから、私を怖がらないで)
鼠:思いきや猫の御坊ともろともに 高野の奥の月を見んとは
(思いもしなかったよ・・・まさかあの猫と一緒に、高野山の奥の院で月を見るなんて!)

(筆者意訳)

悠然と構える猫に対して、どこか「なんでこんなことになっちゃったのかなぁ・・・」という思いの滲む鼠。等しく仏道に励むといっても、やはりちょっと微妙な、猫と鼠の関係なのでした。
(絵:曽我市太郎)

 

猫の歴史に関するにゃんペディア記事

猫と人間との関係の歴史に関する記事もあわせてご覧ください。

□イエネコ:「猫はどこから来たの?イエネコの歴史とルーツ

□ 世界史:「神か悪魔か。人間に翻弄された猫の歴史とは? <世界編>

□ 日本史:「猫と日本人。いつから猫は日本にいたの? <日本編>

□ 源氏物語:「猫が引き起こした大事件 ――『源氏物語』と源氏絵

□ 古典:「古典『猫の草子』に登場する猫ちゃん

□ 文学:「【文学】鼠草子絵巻に登場する猫ちゃん 

□ 物語:「忠義な猫の物語

□ 進化:「猫が猫になったとき。猫の進化の歴史とは?

□ 分類:「猫を科学的に「分類」するとどんな位置づけなの?どんな仲間がいるの?

 

 

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金城学院大学 文学部日本語日本文化学科 教授

龍澤 彩

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