心筋症とは、心臓の筋肉が何らかの原因により障害を受け、心臓自体がうまく機能しなくなる病気です。心筋症には「肥大型」「拡張型」「拘束型」などいくつかのタイプがありますが、猫で最も多いのは心臓の筋肉が分厚くなってしまう「肥大型心筋症」です。心筋症が進行すると、心臓が本来の役割を果たせなくなる心不全という状態に陥り、肺や胸の中に水が溜まったり(肺水腫、胸水)、血栓塞栓症や突然死を招き、命に関わる危険性があります。

 

 

猫の肥大型心筋症とは?

◆どんな猫に多いの?

肥大型心筋症は、メイン・クーンアメリカン・ショートヘアーラグドールペルシャなどで多く発生するとされていますが、この他の猫種や雑種猫でも発生します。発症年齢も、1歳未満〜高齢猫まで幅広く、メスよりもオスに多いとされています。

原因ははっきりとは解明されていませんが、遺伝性のものや、全身性の病気(甲状腺機能亢進症高血圧など)に関連して発症する場合もあります。

 

◆どんな症状があるの?

初期段階では症状がみられないことも多く、発見が難しい病気です。

進行すると、食欲がなくなる元気がなくなる痩せてくる呼吸が荒くなる・口を開けて呼吸をする(開口呼吸)咳をする、などの症状がみられるようになります。

また、命に関わる合併症として、心臓内にできた血の塊(血栓)が動脈に乗って運ばれてしまうと「血栓塞栓症」を起こすことがあり、発症すると四肢や後ろ足の麻痺、けいれん、腎不全などを急に発症する恐れがあります。

 

◆治療法は?

猫の肥大型心筋症は、完治させる治療法はありません。

心不全の進行を遅らせることと血栓塞栓症を予防することを目的に、病期(ステージング)に合わせて薬を使用し、症状を和らげる治療が中心となります。

 

◆肥大型心筋症のステージングとは?

2020年4月に、ACVIM (American College of Veterunary Internal Medicin) から猫の心筋症に関する世界的なガイドラインが発表され、診断や治療の方向性が示されました。

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ステージA:心筋症の好発種であるが、まだ心筋症ではない⇨治療不要

 

ステージB1:心筋症だが、まだうっ血性心不全(全身に血液が送れなくなり心臓内に溜まってしまう状態)や大動脈血栓塞栓症を発症しておらず、リスクも低い⇨定期検診を推奨

 

ステージB2:心筋症であり、まだうっ血性心不全や大動脈血栓塞栓症を発症していないが、今後発症するリスクが高い⇨血栓症のリスクが高い場合は、「抗血栓薬」による治療を推奨
「β受容体遮断薬」や「ACE阻害剤」などを使用する場合もあり

 

ステージC:心筋症であり、うっ血性心不全や大動脈血栓塞栓症を発症している
⇨肺水腫や胸水がある場合には、「利尿薬」の投与や胸水を抜くことを推奨 
状態が改善するまで、「利尿薬」や「強心薬」、「抗血栓薬」を使用する場合もあり

 

ステージD:心筋症であり、うっ血性心不全や大動脈血栓塞栓症の治療がうまくいっていない
⇨「利尿薬」の変更や、左心室の収縮力が低下しているときには「ピモベンダン」を使用する場合もあり

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猫の肥大型心筋症で処方される薬

上記のガイドラインを参考に、症状や状態に応じて薬が処方されます。

 

1.血栓を予防する薬「抗血栓薬」

エコー検査などで、血栓塞栓症のリスクが高いと判断された場合には、「抗血栓薬」を開始します。

 

代表的な抗血栓薬:クロピドグレル

現在猫で最もよく使用されている抗血栓薬です。血小板という細胞が凝集するのを阻止して、血を固まりにくくすることで、血栓ができるのを防ぎます。

 

使用上の注意

・血が止まりにくくなる可能性があります。紫斑(お腹の皮膚などで内出血を起こしている状態)、吐血、血便などが見られた場合には、すぐに動物病院へ報告しましょう。

・副作用として、嘔吐、食欲不振、下痢などがみられることがあります。嘔吐は、食事と一緒に投薬することで改善する場合があります。

 

血栓塞栓症のリスクが非常に高いと考えられる場合には、クロピドグレル以外の抗血栓薬を併用する場合があります。

 

 

2.心臓の動きを休ませる薬「β(ベータ)受容体遮断薬」

心筋症心不全に陥ると、心臓の低下したはたらきを補うために、交感神経という神経のはたらきが活発になります。この状態が長期間続くと、心臓が頑張りすぎて疲弊してしまい、悪循環を招きます。β受容体遮断薬は、この交感神経のはたらきを抑えることで、心拍数を落としたり、頑張りすぎている心臓の動きを少し休めてあげる作用があります。

 

代表的なβ受容体遮断薬:カルベジロール、アテノロール

 

使用上の注意

・副作用として、血圧の低下や徐脈(心拍数が異常に遅くなること)、むくみ、体重の増加を起こす可能性があります。ふらつきや活動性の低下、むくみなどがみられたときには、すぐに動物病院に相談しましょう。

 

 

3.血管を広げて心臓の負担を減らす薬「血管拡張薬」

心臓への負担を減らす方法の一つに、静脈の血管を広げて、心臓に戻る前の血液を蓄えるスペースを作ってあげる方法があります。これを担うのが血管拡張薬です。

血管拡張薬には、さまざまな種類があります。

 

アンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACE阻害剤)

血圧を調節する仕組みの中で、血管を収縮させるのに深く関与しているのが「レニン・アンジオテンシン系」と呼ばれるシステムです。アンジオテンシン変換酵素阻害剤は、このシステムの一部を途中で停止させることで、血管が収縮するのを防ぎます。

犬の慢性心不全治療薬として承認されており、猫でも使用する場合があります。

 

使用上の注意

・妊娠・授乳中の動物への安全性は確立されていません。

・降圧作用により、虚脱やふらつきなどがみられる場合があります。

・一部の利尿剤や他の血圧を下げる薬との併用には注意が必要です。

代表的なアンジオテンシン変換酵素阻害剤

ベナゼプリル 製品名:フォルテコール(エランコジャパン)

アラセプリル 製品名:アピナック(DSファーマアニマルヘルス)

 

血管平滑筋に作用する薬

血管を構成している筋肉(血管平滑筋)に直接作用して、血管を広げる薬です。

アムロジピン、ベラパミル、ジルチアゼムなどの薬が代表的です。

 

 

4.尿を増やして心臓へ戻る血液の量を減らす「利尿薬」

その名の通り、尿の量を増やす薬です。尿を増やすことで全身を循環する血液の量を減らして、心臓の負担を軽減させます。また、心不全では浮腫(むくみ)が起こる場合もあり、これを改善させる効果もあります。

利尿薬にはさまざまな種類がありますが、猫の心不全でよく処方されるのは以下です。

・ループ利尿薬:フロセミド、トラセミド

・抗アルドステロン性利尿薬:スピロノラクトン

 

使用上の注意

・脱水を起こしやすくなります。飲水が適切にできているか、注意しましょう。

・ナトリウムやカリウムなどの電解質のバランスを崩したり、腎臓に負担をかけてしまうことがあります。定期的に検診や血液検査を受けるようにしましょう。

 

 

5.心臓のポンプ能力を高める薬「強心薬」

肥大型心筋症が進行すると、心臓のポンプ能力が著しく低下して、全身に血液をうまく送れなくなってしまう場合があります。このような場合に、心臓のポンプ機能をサポートする目的で、強心薬が処方されることがあります。

 

代表的な強心薬:ピモベンダン

製品名:ベトメディン(ベーリンガーインゲルハイム)

製品名:ピモベハート(共立製薬)

 

ピモベンダンは犬の心不全治療薬としてよく使用される薬ですが、猫でも状況次第では処方されるようになりました。強心作用に加えて、血管拡張作用ももつ薬です。

 

 

使用上の注意(犬の例を参考に)

・妊娠・授乳中の動物では安全性が確立されていません。

・重度の肝障害のある動物では、慎重な投与が必要です。

・副作用として、まれに嘔吐や頻脈がみられることがあります。

 

猫の肥大型心筋症は、症状が現れてしまうと予後はあまりよくなく、特に血栓塞栓症を併発すると急激に体調が悪くなる可能性がある病気です。この病気を診断された場合には、定期的な検診を受け、適切な治療とストレスや負担の少ない生活を心がけることが大切です。

 

 

参考文献:SAMedicine Vol.15 No.2 2013(エデュワードプレス)

               VETERINARY BOARD NO.27 2021(エデュワードプレス)

 

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 治療

 症状

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 対象

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 □ 子猫に多い

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 □ 高齢猫に多い

 □ 生涯つきあっていく可能性あり 

 □ 男の子に多い

 

 □ 女の子に多い

 予防

 

 □ 予防できる 

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 □ ワクチンがある

 □ 人にうつる

 

 □ 多頭飼育で注意

季節

 □ 犬にうつる

 □ 春・秋にかかりやすい

 

 □ 夏にかかりやすい

費用

 

 □ 生涯かかる治療費が高額

発生頻度 

 □ 手術費用が高額

 □ かかりやすい病気

 

 □ めずらしい病気

命への影響

 

 □ 命にかかわるリスクが高い

 

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