みなさんは「キャット・フレンドリー・クリニック」という言葉を耳にしたことはありますか?
テリトリー意識の強い猫ちゃんは、慣れない場所に行くなど環境が変わることをとても嫌います。ましてそれが動物病院であればなおさらでしょう。
そんな猫ちゃんたちの通院ストレスを少しでも減らそうと、イギリスに本部がある「国際猫医療学会(ISFM/International Society of Feline Medicine)」が始めたのが、このキャット・フレンドリー・クリニックです。その言葉通り「猫にやさしい病院」づくりを目指したもので、ISFMに認定されるためにはいくつもの基準をクリアしなければなりません。その一例を挙げてみましょう。
猫専用、あるいは犬との視覚的接触のない待合室がある。
猫の恐怖心や不安感を察知し、適切に対応する。
猫専用の診察室が少なくとも1室はある。
猫に関するあらゆる質問に答えられる「猫専門従事者」がいる。
麻酔やレントゲンなど必要かつ適切な設備が整っている。
猫専用の入院設備がある
こちらはほんの一部で、スタッフ教育から待合室の環境、診察室や手術室の設備、診断方法、飼い主さんへの説明など項目別に100以上にも亘る基準が細かく設定されているのです。さらに、該当する基準の数によって「ブロンズレベル」「シルバーレベル」「ゴールドレベル」と3つのレベルに分けられています。これらの厳しい基準を見事クリアし、2013年、アジアでは2件目となるキャット・フレンドリー・クリニックに認定されたのが東京都江東区にある「猫専門病院 東京猫医療センター」です。こちらの病院は2012年に開業されました。
-開業しわずか1年でゴールドレベルに認定されるためには、入念な準備が必要だったのではないでしょうか。
「特に準備したことはないんですよ。」
と院長を務める服部幸先生はおっしゃいますが、猫ちゃんと飼い主さんがストレスなく受診できるよう、実はさまざまな工夫がなされています。
東京猫医療センターは3階建ての建物で、1階が受付と待合室、2階は診療室と検査室、そして3階には手術室と入院室があります。病院に到着し、まず気がつくのは扉がふたつ作られていること。ドアを開けた瞬間に猫ちゃんが外に飛び出してしまうことを防ぐため、入口は二重扉になっているのです。
ふたつ目のドアを開けて待合室に入ると、そこには静かで清潔な空間が広がっています。動物病院の待合室では微かに動物の臭いが漂っていることがありますが、ここでは一切感じられません。その訳は換気扇の設置場所にありました。
「待合室に換気扇を設置する病院が多いんですが、そうすると、診察室の臭いが待合室に集まってしまいますよね。
うちの場合、換気扇は2階と3階のスタッフが待機する場所に設置してあります。そうすれば診療室の臭いは待合室に降りていきません。診察室の臭いを吸い取り、スタッフの待機場所から外に排出される仕組みになっているんです。スタッフは仕事ですから多少の臭いは気になりませんしね。」
白とダークブラウンを基調に、落ち着いた雰囲気の漂う待合室の隅に目を向けると、そこにスターバックスのコーヒーセットを発見。聞けば診察を待っている間、自由にいただくことができるとか。猫ちゃんだけではなく、飼い主さんにもやさしい心配りがなされているのでした。
階段を上がり、診察室を覗かせていただくと、明るい窓辺に診療台が置かれていました。治療のための器具は見当たらず、ここが診察室だと言われなければ気がつかないかもしれません。
「金属製の器具って人によっては怖いものなんです。飼い主さんが怖がると、猫ちゃんにもその感情が伝わってしまうので、器具はすべて扉で隔てられた別の部屋に置いてあります。なるべく恐怖心を感じずに済むよう、診察台は明るい窓辺に設置しました。ただし、外が見えることを怖がる猫ちゃんもいますので、窓のない診察室もあります」
細部に細かい気配りがなされていて、東京猫医療センターが『猫にやさしい病院』であるということを実感できます。
キャット・フレンドリー・クリニックに認定されるためにはいくつもの基準をクリアしなければならないのは、先に述べたとおりですが、中でも重要視されるのが待合室や診察室、入院室などで猫ちゃんが犬などほかの動物と接触しなくてすむような配置がなされていることです。
しかし、それはあくまでも入口であると服部先生はおっしゃいます。
「大事なのは病院への通院回数を減らすことではないかと思います。要は病気を治すということ。できるだけ通院回数を少なくして治すことが、本当の意味で猫にやさしい病院じゃないでしょうか。
たとえ待合室が分かれていて、診察室の環境が良くて、先生がやさしく接してくれても、病気が治らなければ意味がないですよね。
猫にやさしい環境を配備することはもちろんですが、同時に医療レベルも確保されなければいけないと思います。
私は日本の動物医療のレベルは世界一ではないかと思っています。例えばアメリカではレントゲンを撮るだけでも車で何十キロも離れたクリニックに行かなければならず、もしそこで心臓病と診断されたら、さらに遠く離れた心臓の専門クリニックに行かなければならないのです。大都市は違うかもしれませんが、郊外の町ではそれが実情です。でも日本は近所の動物病院でレントゲンも撮れるしエコー検査も血液検査も受けられます。
その場である程度の診療ができて、結果もすぐに知ることができなければ、それはフレンドリーじゃありませんよね。」
-キャット・フレンドリー・クリニックとして何より大事なことは「病気を治すことである」と服部先生はおっしゃいます。
「うちの病院は決して100点ではないし、キャット・フレンドリー・クリニックに認定されていなくても、猫の医療に詳しい先生はたくさんいらっしゃいます。そう考えると、キャット・フレンドリー・クリニックに認定されること自体、実はそれほど重要ではないのかもしれません。
ただ、こういう病院があるということをたくさんの飼い主さんに知ってもらい、猫にやさしい医療を提供する場をつくろうとしている獣医師が増えるきっかけになればいいと思っています。」
-東京猫医療センターには東京以外から診療に訪れる猫ちゃんも少なくありません。中には離島から飛行機を乗り継ぎやってくる猫ちゃんもいるとか。
「中には症状の重い子もいて、本当にかわいそうだなと思います。でも住んでいるところに動物病院がなければ仕方ないんですよね。そうした状況を変えるためにも動物病院、それも猫にやさしい専門病院ができるといいなと思います。」
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