猫と映画Ⅳ~猫を通して歴史を知る~

猫 石垣

日本映画大学准教授の伊津野知多による連載『猫と映画』では、猫が重要な役割をはたしている映画を紹介します。一度はタイトルを聞いたことのあるものから、お家でじっくりと味わいたい作品まで…きっとお気に入りの1作に出会えるはず。

今回のテーマは、『猫を通して歴史を知る』。歴史を紡いできた人間の隣に、そっと寄り添ってきた猫たちをご紹介します。

『ミリキタニの猫』(リンダ・ハッテンドーフ監督、2006年、アメリカ)

『ミリキタニの猫』は、一人の男の人生に凝縮された歴史をテーマにした作品です。ニューヨークの路上でいつも猫の絵を描いているホームレスの老人。三毛猫と暮らしているドキュメンタリー映画作家のリンダが彼に興味を持ち、撮影を始めます。ジミー・ミリキタニ、80歳。自分は巨匠だと主張する彼は堂々としていて、施しに頼るのではなく絵を売って暮らしているようです。
撮影開始後数ヶ月たったころ、9.11同時多発テロが起こり、リンダは路上にいられなくなったジミーを自宅のアパートに招いて同居することにしました。ニュースをテレビで見ながら「昔とまったく一緒だ」と繰り返しつぶやくジミー。でもいったい何が一緒なのでしょうか?ジミーは炎に包まれたワールド・トレード・センターを絵に描きます。同じタッチで描かれた原爆ドームの絵もあります。そして真っ赤な柿の絵。それは広島の柿なのだと彼は言います。どうやら、ニューヨークと広島、太平洋戦争と9.11後の「戦争」状態の現在が、時空を超えて彼の中で結びついているようなのです。ふだんは英語で話すジミーが時折日本語の歌を口ずさみながら絵を描く姿や、静かな怒りをたたえた彼の語りを通して、私たちはその数奇な人生を知ることになります。
ジミーはカリフォルニア生まれの日系米国人で、3歳から広島で育ちました。18歳のとき兵学校に入ることを拒否してアメリカに戻りますが、太平洋戦争が始まり、日系人強制収容所に送られて市民権を剥奪されてしまいます。広島の親族は原爆で失いました。収容所経験と原爆によって二重にアメリカに裏切られたジミーは、絵を描くという行為で「アメリカ」と「戦争」に対する抵抗を表明し、戦い続けてきたのです。昔とまったく一緒だとつぶやくのは、9.11以降のアラブ系米国人に対する差別と偏見に満ちた迫害が、昔の日系人への迫害と変わらないことに失望したから。猫の絵にこだわるのは、収容所で日本の猫を描いてほしいと彼に頼んだ少年を忘れないため。
このように悲惨な出来事をテーマにしていながら、この作品が決して重苦しくないのは、ジミーが奇妙な魅力と存在感を持っているからです。彼は当たり前のようにリンダの家と三毛猫になじみます。居候なのに遠慮する風でもなくリンダに画材を買いに行かせたり、説教したり。彼は猫のように誇り高く、自由です。そして相変わらず唯一の武器である猫の絵を描き続けます。リンダも彼のペースに巻き込まれ、本当の身内のように親密な関係になってジミーをサポートします。それはやがて、ジミーの人生に新たな展開をもたらし、『ミリキタニの猫』という作品となって結実したのです。

『ネコを探して』(ミリアム・トネロット監督、2009年、フランス)

『ネコを探して』は、猫と人間の関係がテーマのドキュメンタリー映画(一部アニメーション)です。「私」が飼い猫のクロを探して旅をするという形式で、世界各地のさまざまな猫たちをとらえつつ、その背後に人間社会の変化を浮かび上がらせます。 『ミリキタニの猫』に比べて猫度は高く、さまざまな土地の猫たちの映像が楽しい作品ですが、やや押し付けがましいナレーションのために損をしているのが残念。
のどかな漁師町に今も影を落とし続けている水俣病。高度経済成長の裏で犠牲になったのは猫と漁師という弱者でした。和歌山県の貴志駅では、社会のインフラとしての鉄道を廃線の危機から救った猫の駅長たま(当時9歳)の姿がカメラにおさめられます。イギリスからは、ネズミ捕り職人として鉄道員とともに働いてきた「鉄道史の一部」としての猫の話。アメリカでは、外歩きをする飼い猫の行動を心配した飼い主が開発した小型カメラ「キャットカム」の話題から、監視社会について考えます。
猫に対する人間の目差しが変化したことで、猫が自由の象徴から消費社会に服従する存在へと変わったのではないか、という指摘もなされます。部屋と一緒に猫を貸し出すミネソタの猫つきホテルや、日本の猫カフェ。そして日本の巨大なペット産業。猫を対等なパートナーとして扱うのではなく、人間の自己満足の道具にしようとしているのではないか、という問題提起です。異論もあるでしょうが、空前の猫ブームに沸く昨今、しばしば感じてしまう違和感の正体に触れているように思います。猫を通して私たちが見るのは、人間の欲望の姿なのかもしれません。

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日本映画大学 准教授 伊津野 知多
日本映画大学 准教授 伊津野 知多
映画研究者。専門は映画理論、映像論。道端でも映画を見ていても、猫が出てくると反応してしまう。
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