猫と映画Ⅱ~猫を探して人と街に出会う~

脱走 猫

日本映画大学准教授の伊津野知多による連載『猫と映画』では、猫が重要な役割をはたしている映画を紹介します。一度はタイトルを聞いたことのあるものから、お家でじっくりと味わいたい作品まで…きっとお気に入りの1作に出会えるはず。

今回のテーマは、『猫を探して人と街に出会う』。あるときはパリの古ぼけたアパルトマンで、あるときは東京の下町で。猫をきっかけにして、登場人物たちの世界が少しずつ変わっていく様子を繊細に描いた2本の作品を紹介します。

『猫が行方不明』は、猫探しをきっかけにした街探検映画です。猫は重要な役割を果たしていますが、主役はむしろパリの街。といってもおしゃれなパリではありません。再開発のためいたるところで工事中、いつも重機で建物を壊すうるさい音が響いていて、口の悪い落書きと破れかけのチラシだらけの、すさんだ街の姿です。私たちが抱く観光的なパリのイメージは最初から裏切られます。監督は決して美しくはない現実の街を生かしつつ、地味で小さな物語をごつごつした手つきで語ります。ワイルドでありながら人や街に向けるまなざしは繊細で、皮肉ではない厳しさと暖かさが同居しているのがこの作品の魅力です。

映画『猫が行方不明』予告編映像


登場人物もまた曲者ばかり。一言でいえば、ダメそうな人たちです。主人公のクロエは幸薄そうな、いつも少しおびえたような目をした(でも魅力的な)若い女性で、気はいいが落ち着きのないゲイの青年と古ぼけたアパルトマンをシェアして暮らしています。メイクアップ・アーティストという一見華やかな仕事をしていますが、あまりできる方ではないらしくデザイナーの先生とアシスタントにこき使われています。先生もアシスタントもモデルも皆きつそうな性格で、クロエはなんとか付き合いをこなしていますが、今の自分の境遇に満足しているようには見えません。気分転換しようと、愛猫の黒猫グリグリを近所の強烈な猫おばあさんマダム・ルネに預けて短いバカンスに出かけますが、戻ってくると猫は行方不明になっていました。彼女の鬱々とした気持ちは頂点に達します。でもこの出来事が、自分のことで一杯一杯だった彼女を強引に外の世界に連れ出すことになるのです。マダム・ルネの猫仲間である老婦人たち、近所のカフェにたむろするあまり柄の良くない隣人たち、地上げでアパルトマンを追い出されそうなおとなしい画家、クロエに密かに思いを寄せる心優しいさえない男など色々な人々が登場し、猫探しを直接的、間接的に手伝ってくれます。
不在のグリグリに導かれるように、クロエはこれまで行かなかった場所に行き、自分と全く異なる人々に出会い、見ようとしていなかった世界を発見します。そのためにトラブルに巻き込まれ、翻弄されもします。彼女がはっきりと成長していく様が描かれるのではなく、3歩進んでは2歩下がるような、あくまでささやかな変化の積み重ねで映画は進んでいき、最後に少しだけ何かが開けます。猫の登場場面はあまり多くありませんが、猫がこの小さな物語を動かす中心になっているのです。
『私は猫ストーカー』では、猫ストーカーを自称する主人公のハルが、東京の下町「谷根千」の路地裏を猫たちの後をつけて歩き回ります。彼女はイラストレーターの卵で、猫たちの活動エリアとお気に入りのお店情報などを書き込んだ界隈の地図を作ることに夢中です。猫のペースに人間があわせ、あちらの機嫌を伺いつつ十分な緊張感をもって適切な距離を測りながら猫を追う愉しみ。猫は直接何かの役に立つことは何もしてくれませんが、効率という概念から一切離れたものの見方や時間を教えてくれます。

映画『私は猫ストーカー』予告編映像


この作品のひたすら緩慢な流れは意図されたものです。これは猫的時間感覚にシンクロした猫映画なのです。若干の起伏はあるものの、決してドラマチックにはならないよう配慮されています。ハルがアルバイトしている古本屋の看板猫チビトムが失踪した事件の顛末もはっきりしないし、古本屋の夫婦に不穏な空気が漂い、仲直りするまでの過程も明確に説明されることはありません。ハルは猫仙人やおかしなお坊さん、彼女をストーカーする青年など、個性的な人物にも出会っていくのですが、彼らとの関わりをあえて深めようとはしません。彼女はこちらの期待に沿うようには変化しないのです。チビトムは住み慣れた場所を離れて出て行きますが、彼女は出て行くことができません。おそらくまだその時が来ていないのです。ハルの世界は満たされているように見えますが、その平穏はちょっとした無理を隠しています。それがうっすら恐ろく、この作品を他の癒し系映画とは一味違うものにしています。

今回ご紹介した作品はこちら…

『猫が行方不明』(セドリック・クラピッシュ監督、1996年、フランス)
『私は猫ストーカー』(鈴木卓爾監督、2009年、日本)

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日本映画大学 准教授 伊津野 知多
日本映画大学 准教授 伊津野 知多
映画研究者。専門は映画理論、映像論。道端でも映画を見ていても、猫が出てくると反応してしまう。
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