猫と鼠の微妙な関係② ~猫の草子~

お触れ書き

前回に引き続き、今回も、猫と鼠の物語を一つ。今回ご紹介するのは、『猫の草子』という御伽草子です。江戸時代に木版刷で刊行された「渋川版」と呼ばれる二十三編の御伽草子のうちの一つで、挿し絵も入っています。

あらすじは以下の通り。時は江戸時代。京の町に「猫の綱を解き、放し飼いにすること」というお触れが出されました。人々が飼っていた猫を放つと、猫たちは喜んで外を飛び回るようになりました。これで困ったのは鼠たちで、猫におびえて、おちおち出歩くこともできません。

ある夜のこと、世間でも名の通ったある僧の夢に、鼠の和尚が現れました。いつも縁の下で僧の談義を聞いていたという鼠は、涙ながらに、「綱から放たれた猫に、一門のものたちが襲われ、喰われております」と惨状を訴えました。

僧が鼠に、「それは気の毒に思うが、かたや、お前たちは家の食べ物を食い散らかしたり、建具や調度を荒らしたりするではないか。始末したいと思う人間も多いはずだ」と言うと、鼠の和尚は、「それは常々、若い鼠どもに注意していることではありますが、なかなか聞き分けのないものも多く・・・」と話し、そうこうする間に、僧は目を覚ましました。

その翌日は、今度は虎毛の猫が、僧の夢に現れます。猫は「鼠どもが和尚様のもとをお訪ねして、何やら申し上げたようですが」と切り出し、猫一族の系譜について語り出しました。

夢のなかの猫

曰く、自分たちは、天竺唐土(インド・中国)でも恐れられた虎の子孫である。日本は国土が小さいので、自分たちも小さい形をしているのだ。日本で猫が寵愛された歴史は古く、『源氏物語』にも見られるとおり。

しかし、長らく綱をつけられて飼われており、不自由を感じてきた。たとえば、鼠が鼻先を通っても飛びかかれず、水を飲みたい時にも、喉を鳴らし、声を出して訴えても、頭を叩かれて、自分ではどうすることもできない。なにしろ自分たちは天竺の出身なので、梵語(サンスクリット語)しか話せず、日本の人間達には言葉が通じない。そのような状態で、つながれたまま一生を終えてきたことを思うと、先般のお触れはたいそう有り難いことだ・・・そして猫は「この御代が永く続くよう、毎朝朝日に向かってゴロゴロと喉を鳴らして祈っているのです」と語りました。

鼠と猫の双方から訴えられた僧は困って、猫に「そうはいっても、やはり殺生はよろしくない。お前たちが、鰹とご飯を混ぜたものやら、小魚やらを食べてはどうなのだ」と言うと、猫は、「人間が、米で五臓六腑を整えているように、猫にとって鼠は、天から与えられた食べ物なのです」と返します。

そこで目が覚め、僧がまどろんでいると、再び鼠がやってきて、都じゅうの鼠たちで相談した結果、もうこのような場所では生きてゆけないので、さしあたり近江(滋賀県)に逃れることにした、と言います。たしかに、ここ最近は、洛中で鼠の姿を見ることが少なくなりました・・・

ねずみ

この物語の冒頭に出てくる、「猫を放し飼いにすべし」というお触れは、実際に出されたもので、慶長七年(1602)の『時慶卿記』(西洞院時慶という公家の日記)に「三ヶ月前に、猫をつながぬようにという法令が出されたが、そのために行方不明になったり、犬に噛まれる猫が多いらしい」という記述が見られることを、歴史家の黒田日出男氏が指摘しています。(黒田日出男『歴史としての御伽草子』ぺりかん社 1996年)
 
江戸時代初頭のことで、都市化が進むにつれて、鼠の害が甚大となったことが背景となっていると考えられており、この物語は、人々にとって身近な話が題材となっていたようです。

ねこ_源氏物語

猫がつながれて飼われていたことはこのコラムの第一回目でふれた『源氏物語』にもある通りで、この『猫の草紙』の猫の台詞の中でも引かれていますが、この物語では猫の気持ちになって、つながれる不自由さを語っているあたり、作者も猫好きだったのかな・・・と想像したくなります。江戸時代の出版された本の挿し絵には、僧の枕元に座る立派な虎毛の猫(首輪をしているので、つながれて飼われていた猫?)が描かれています。

(筑波大学附属図書館蔵『猫の草紙』 リンクは国文学研究資料館 電子資料館:http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=0006-050412&IMG_SIZE=&PROC_TYPE=ON&SHOMEI=猫の草紙&REQUEST_MARK=6-504-12%2C+20コマ%2C+B&OWNER=筑波大図&IMG_NO=11

前回の「鼠の草子絵巻」でも、六道に堕ちることへの恐れがモチーフとなっていましたが、この『猫の草紙』でも、猫に訴えられた僧は、殺生をすることによる因果応報にふれています。ただ、仏道への導きという要素は「鼠の草子絵巻」ほど強くなく、全体的にユーモラスな語り口となっています。(この場面で僧が猫に食べるよう勧めるのは「鰹をまぶしたご飯」で、「ねこまんま」の歴史も意外と古いということもわかります。)

ねこまんま

ねこまんま

物語の中には、『源氏物語』の他にも、いくつかの古典的な逸話が引かれています。例えば、僧が猫に対して「南泉に斬られた故事を思うと・・・」と言うくだりがあるのですが、これは、禅で説かれる「南泉斬猫」という故事を引いています。中国唐代の禅僧、南泉が、猫に仏性があるかどうかを争っている場で、どのように会得したかを説くことができるなら斬らないが、できなければ斬るといって返答を求め、返答がなかったのでその猫を斬ったという逸話です。

花この話そのものの意味は、禅の教えとも関わる難しいもので、猫好きとしては聞くに耐えませんが、この『猫の草子』では、僧は猫に「南泉に斬られても、志を変えなかったのは神妙なことだ」と言っており、ここでも、しぶとく生き残ってきた猫一族への愛(?)が感じられます。また、この物語の最後で、京を去る鼠が、捨て台詞のように和歌を三首詠むのですが、その中の一つは、百人一首にも採られている和泉式部の和歌のパロディとなっています。

和泉式部の歌は「あらざらん この世のほかの思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」(私はまもなく死んでこの世去るでしょうが、あの世への思い出に、もう一度だけあなたに逢いたい)という和歌ですが、鼠が詠んだ歌は、「あらざらん 此の世の中の思ひ出に 今ひとたびは猫なくもがな」(・・・もう一度猫がいなくなってほしいものだ)。パロディとしての出来はさておき、この『猫の草紙』は、時事ネタから古典まで、さまざまな要素が織り交ぜられた作品であることがわかります。

それにしても、猫と言葉が通じないのは、猫が喋っているのがサンスクリット語だからだったとは・・・。皆様のお家の猫ちゃん達も、「天竺の虎の子孫だ」と思って見ると、また見方が変わるかもしれません?(絵:曽我市太郎)

『猫の草子』について詳しく知りたい方は・・・

『御伽草子(下)』(市古貞次校注・岩波文庫 1986年)で、全文(挿図入り)を読むことが出来ます。
田中貴子『猫の古典文学誌 鈴の音が聞こえる』(講談社学術文庫 2014年)は、現代語訳「新訳『猫の草子』」を収録。他にも、田中貴子先生の猫愛あふれる論考が多数収められています!

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龍澤 彩
龍澤 彩
東京藝術大学大学院美術研究科修士課程(日本東洋美術史)修了。
源氏絵・御伽草子絵をはじめとする日本中世・近世物語絵研究を専門とする。
好きな猫のタイプはサビ猫。
現在、金城学院大学 文学部日本語日本文化学科 教授。


絵:曽我市太郎
東京藝術大学大学院修士課程(日本画)修了。現在は教育関連の仕事の傍ら、日本画を中心に制作を続け、院展などで発表している。趣味は街撮り、温泉や寺社巡り。鎌倉市在住。
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